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大阪高等裁判所 昭和60年(行コ)61号 判決

東大阪市永和二丁目三番八号

控訴人

東大阪税務署長

中野肇治

右指定代理人

細井淳久

佐治隆夫

中西基勝

中村嘉造

東大阪市森河内本通一丁目八番二号

被控訴人

高垣武義

右訴訟代理人弁護士

杉山彬

宮地光子

主文

原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。

被控訴人の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

一  当事者の求めた裁判

1  控訴人

主文と同旨。

2  被控訴人

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

二  当事者の主張は、次に付加・訂正するほか、原判決事実摘示のとおりであり、証拠関係は、原審訴訟記録中の書証目録及び証人等目録並びに当審訴訟記録中の書証目録記載のとおりであるから、それぞれこれを引用する。

1  原判決五枚目裏五行目から同九行目までを次のとおり改める。

「(三) 被控訴人は専従者としては妻のみであり、他は純粋の従業員である。控訴人は同業者所得率の算出に当り、専従者給与額のうち配偶者たる専従者に支払つた分以外の分まで必要経費と認めず、雇人給料賃金額に加算していないが、これは不当である。雇人費率を推計する際、青色専従者給与額から妻たる専従者の分を差し引いた残りを雇人費に組み入れても特典うんぬんの問題は生じて来ないはずである。それどころか、青色専従者に支払われた給与も労務の対価である以上必要経費に算入されるべきは当然である。そうでなければ、青色事業専従者を多数抱えている青色申告者ほど所得率が高くなり、そのような所得率で推計されれば、従業員を雇つて営業している白色申告者は必要経費すらも認められない結果となる。」

2  控訴人

(一)  予備的主張

仮に、原判決事実摘示三3(原判決三枚目裏二行目以下)の主張が認められないとしても、被控訴人の総所得金額は、別紙のとおり、昭和五三年分が三九七万四一五二円、昭和五四年分が四二〇万一一五四円、昭和五五年分が四五三万四一六三円と推計されるから、いずれもその範囲内でなされた本件処分及びこれを前提とする本件決定は適法である。

すなわち、被控訴人においては、配偶者のみが事業専従者であるから、この点を考慮にいれて原判決添付別紙3(一)ないし(三)記載の各同業者のうち、「青色事業専従者が配偶者のみである者」を抽出してみると、それぞれ次の各番号の者であり、これらの者の所得率の平均は、それぞれ次のとおりである。そこで、被控訴人の特別経費控除前の各算出所得金額を右各平均所得率に比準して推計すると、被控訴人の総所得金額は右のとおりとなつた。

昭和五三年分 3、5、9、12、13、14、21、23、24、28、29、32、35、36(一四件平均所得率三七・四八パーセント)

昭和五四年分 1、3、4、5、9、10、12、13、14、22、23、24、25、26、28、29、30、32、35、36(一九件平均所得率四一・二三パーセント)

昭和五五年分 1、3、4、5、6、9、10、12、13、14、19、22、23、24、25、26、28、29、30、31、32、35、36(二三件平均所得率四二・五〇パーセント)

(二)  被控訴人の後記3の主張に対する反論

(1) 外注費と雇人費とは、その支払先が外注先であるか雇人であるかの相違があるに過ぎず、いずれも事業専従者の労働力に係る費用である点において同質のものであり、通常、一方が少なければ、他方が多くなるという相互補充の関係にあるものなのである。したがつて、その両方の支出がなければ、同業者の類似性に欠ける、という主張は理由がない。

(2) 推計の対象とした同業者の所得率を点検すると、売上金額が少ないほど所得率が高く、売上金額が多くなるに従つて所得率が低くなる、という反比例関係は全くない。これは、所得率の高低には、売上金額の多寡ではなく、それ以外の諸条件が影響を及ぼしていることを示すものである。

そして、一般的に、平均的な営業条件を有する比準同業者を想定するためには、可能な限り多数の同業者を対象とするのが望ましい。被控訴人主張のように、同業者を売上金額が一〇〇〇万円を超える者のみに限定することは、それ自体が不適切であるだけでなく、収集し得る同業者を無意味に制限するものである。そのような限定は、営業形態に類似性はあるが営業条件を全くには同一にしない多数の同業者を収集してこれらの平均値を求めることによつて諸々の営業条件の若干の相違を捨象し、その数値を合理化する、という機会を失わせるものであつて、かえつて不合理である。

3  被控訴人

(一)  被控訴人の営業は昭和五三年から昭和五五年にわたり「外注費」及び「雇人給料賃金」の経費支出のある営業実態である。かかる営業内容をもつ業者は、外注にも出さず、かつ、従業員も雇わずにもつぱら夫婦二人だけの自家労働で営業する業者に比べ、その所得率が低くなることは明らかであり、控訴人の業者の選定は不当である。

(二)  被控訴人の売上金額は、本件係争年度いずれも一二〇〇万円を超えるものである。控訴人主張のように、一〇〇〇万円を下回る同業者を比準同業者として、その数値を採用することには合理性はなく、所得率の算定を不適切ならしめるものである。

理由

一  請求原因1の事実は、当事者間に争いがない。

二  そこで、被控訴人の本件各係争年分の総所得金額について判断する。

1  控訴人主張に係る被控訴人の本件各係争年分の売上金額については、当事者間に争いがない。

2  控訴人は、本件各係争年分の算出所得金額について、推計の必要性があるとしたうえ、主位的には、原判決添付別紙3(一)ないし(三)の各同業者の平均所得率を乗ずることにより推計する方法、予備的には、右同業者のうち「青色専従者が配偶者のみである者」の平均所得率を乗じることにより推計する方法によるべき旨主張するので、以下この点について検討する。

(一)  原審証人津田典彦の証言及び被控訴人の原審における本人尋問の結果(ただし、後記信用しない部分を除く。)によると、控訴人部下職員は、被控訴人の昭和五三年分、昭和五四年分及び昭和五五年分の所得税の調査のため、昭和五六年一〇月二日以降数回にわたり被控訴人の事業所又は自宅に臨場し(同月二日のほか、同月六日、同年一一月六日、昭和五七年一月二八日には被控訴人に面談したが、他は同人が不在であつた。)、右各年分の申告所得額の計算過程とその資料となる帳簿書類ないし原始記録等の提示を求めたところ、被控訴人は、最初の臨場の際には、調査実施につき事前の通知がなかつたとか、調査の理由を聞いていない等として、これを拒み、その後の臨場の際にも(昭和五六年一〇月六日、同年一一月六日、昭和五七年一月二八日の調査は予め日時を打ち合わせて実施された。)、右の事由に加え、民商関係者の調査に対する立会い等を求めたりして調査を拒んだこと、そこで、控訴人部下職員は、調査は被控訴人の申告所得額が正しいか否かを調査するものであり、民商関係者等第三者の立会いは認められない旨告げて調査への協力を求めたが、結局被控訴人から右各年分の帳簿ないし原始記録等の提示を受けることができなかつたこと、この間控訴人部下職員は、被控訴人に対する調査と併行してその取引先である瀧本との取引高等について反面調査を実施したこと、なお、被控訴人は、その後における本件処分及び本件決定の不服申立ての審理過程においても、申告に係る所得額に関連する帳簿ないし原始記録等を一切提出しなかつたことが認められ、右認定と異なる被控訴人の原審における本人尋問の結果はにわかに信用することができず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

右認定事実によると、被控訴人の本件係争各年分の所得金額については、これを実額で算定するに足りる帳簿その他原始記録が提示されず、控訴人部下職員の行つた調査に対しても被控訴人の協力が得られなかつたことが明らかであるから、控訴人が、被控訴人の取引先に対する反面調査を実施して得られた被控訴人の売上金額を基礎として右各年分の経費について推計による算定を行い、その結果に基づき、本件処分を行う必要性があつたといわなければならない(なお、被控訴人は、控訴人部下職員が一回目の調査に際し被控訴人への事前通知を怠つたこと等を挙げて調査遂行の意思を欠いていた旨主張するけれども、調査実施日時の事前通知は調査の法律上の要件となつていないため、これを欠いても調査自体が違法となるわけではないうえ、その後は日時を打ち合わせて調査を実施していたことも明らかであるから、右主張は採用することができない。)。

そして、後に詳述するように、現在においても推計をすることがやむを得ない状況に変化がみられない以上、控訴人がその後に収集された証拠資料に基づき、また、本件処分当時の推計の方法とは異なる他の合理性のある方法により、被控訴人の所得金額の推計を行うことも許されるものというべきである。

(二)  弁論の全趣旨により成立の認められる甲第八九、第九〇号証、乙第二〇号証、被控訴人の原審における本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によると、被控訴人は本件係争各年当時瀧本から主要原材料の支給を受け、妻ヨシ子を事業専従者とし、従業員三ないし四名を雇用し、外注先四軒を使つて、主に女子学生服の縫製加工を営んでいた白色申告者であることが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

(三)  そこで、次に、被控訴人の所得金額を推計する方法について考察する。

本件において、控訴人が主位的に主張している推計方法は、同業者利益率の算定に当り、事業主と生計を一にする配偶者その他の親族で専らその事業に従事するもの(青色事業専従者)が受ける給与は経費(雇人給料賃金額)に含ましめないというものである。そして、その理由は、もしこれと反対に、それを経費に含ましめて利益率を算定しこれにより被控訴人の所得金額を推計すると、青色申告者でない被控訴人に青色申告の特典を認めるのと同一の結果となり、所得税法五六条の趣旨に反する、白色申告者も申告により事業専従者控除が受けられるのであるから、右の取扱いは辻褄が合つている、というのである。

たしかに、控訴人主張のように、青色事業専従者の給与を経費に含ましめて利益率を算定すると利益率は相応に低いものとなり、この利益率に従つて白色申告者の所得を推計すると自らその所得も低く認定され、所得税法五六条、五七条が事業主と生計を一にする配偶者等の事業専従者が受ける対価は原則として経費に算入することを認めず、青色申告者にのみこれを認め、白色申告者については、確定申告書に記載した場合において定額のみ控除を認める趣旨に反する結果を来たすと考えられる。

しかし、本件の被控訴人の場合、事業専従者は配偶者一人のみで他に一般従業員を雇用しているところ、もし比準に供した青色申告者の事業専従者が二人又はそれ以上である場合は、ほぼ同一の規模で同一の労働力を要する営業であつても、一般従業員に対する給料賃金は相対的に減少し(全く雇人給料賃金がなくなる場合もあろう。)いきおい利益率が高くならざるを得ない。同業者利益率の算出に際してはなるべく営業形態の近似した業者を選択することが望ましいから、本件の場合も、青色申告者中被控訴人と同じく事業専従者が配偶者一人のみである業者を抽出し、これの平均利益率を求める方が、推計の方法として、より合理性があり公平であるというべきである。

よつて、控訴人の主張する推計方法のうち予備的主張による方法を採用することにする。

(四)  成立に争いのない乙第二一、第二二号証、原審証人片岡英明の証言により成立の認められる乙第二、第三号証、原審証人片岡英明の証言並びに弁論の全趣旨によれば、大阪国税局長は、一般通達により、控訴人に対し、青色申告納税者中、衣料関係の縫製加工(賃加工)を営むこと、他の業種目を兼業していないこと、年間を通じて事業を継続して営んでいること、東大阪税務署管内に事業所を有すること、年間の売上金額が六二〇万円以上二六〇〇万円未満であること、対象年分の所得税について、不服申立て又は訴訟が係属中でないこと、以上の条件を満たす全員の本件係争各年の売上金額、製造原価(差引原価、外注費、雇人給料賃金)、一般経費、算出所得金額につき報告を求めたこと、その結果、右の条件に該当する同業者が抽出され、これら同業者の本件係争各年分の右売上金額等及び所得率は、原判決添付別紙3(一)ないし(三)記載のとおりであること、このうち、被控訴人と同じく専従者が配偶者のみである者は控訴人主張のとおりの同業者番号の者であつて、その平均所得率は、昭和五三年分(一四件)が三七・四八パーセント、昭和五四年分(一九件)が四一・二三パーセント、昭和五五年分(二三件)が四二・五〇パーセントであること、なお、大阪近郊には被控訴人と同じ女子学生服のみの縫製加工業を営む青色申告者が皆無であつたので、右同業者として、作業服、既製服(婦人・子供服)等一般的に特殊技術を要しないミシン縫製加工業者を選択したことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

(五)  ところで、被控訴人は、控訴人の抽出選定した同業者には、衣料縫製加工業の中でも工賃が安い学生服縫製加工業者が全く含まれていないから、右同業者の選択は合理性を欠く旨主張し、これに副う弁論の全趣旨により成立の認められる甲第八八号証(被控訴人本人の報告書)、被控訴人の原審における本人尋問の結果が存在するけれども、成立に争いのない乙第一一号証、同第一三号証によれば、縫製加工業は、学生服、婦人服、子供服、作業服等を問わず支給された生地を型どおり裁断して縫製するものであり、その加工賃も、一般的に、加工そのものが複雑で時間、技術を要するときは高く、逆に単純で短時間で処理できるときは低いという具合に、いわゆる手間の多寡によつて決せられるという点で共通性を有することが認められるから、縫製に要する手間が同一である場合においても、被控訴人が主張するように、学生服の工賃が、その他の衣料縫製工賃よりも安価であるということは到底できない。

次に、被控訴人は、被控訴人には瀧本が自社工場の大量生産設備で縫製するのに適しない手間のかかるものを少量だけ受注しているという特殊事情がある旨主張し、これに副う前記甲第八八号証、被控訴人の原審における本人尋問の結果が存在するけれども、右各本人の供述は成立に争いのない乙第一四号証、弁論の全趣旨に照らしにわかに信用しがたい。

さらに、被控訴人は、推計の対象とすべき業者は外注費及び雇人給料賃金両方の支出がある者で売上金額が一〇〇〇万円を超える同業者に限るべき旨主張する。しかしながら、外注費と雇人給料賃金とは、事業専従者以外の者の労働力を確保するための費用である点で同質性を有し、一般的には、一方が増えれば他方が減るという相関関係にあると考えられるから、双方の支出がなければ同業者としての類似性を欠くというものではない。また、控訴人選定にかかる業者の所得率について仔細に検討すると、本件係争各年分とも、売上金額と所得率との間に、売上金額の多い同業者は低い所得率、逆に売上金額の低い同業者は高い所得率といつたような一定の有意性のある相関関係が存在すると断ずることはできないばかりか、売上金額一〇〇〇万円以下の同業者が被控訴人の業態と著しく異つたものであることを認めるに足りる資料も見当たらないのであるから、売上金額一〇〇〇万円以下の同業者をも対象に選んでいることをもつて控訴人の推計を不合理であるということはできない。

(六)  そうすると、被控訴人の予備的主張にかかる同業者は、被控訴人の設定した抽出の条件に合致し、控訴人と業種・業態、立地条件、営業の規模に類似性があるというべきであり、かつ、その選定数も同業者の個別的事情を平均化するのに十分であるということができ、その抽出過程に控訴人の思惑や恣意の介在する余地がないから、控訴人が右同業者の平均所得率を基礎として被控訴人の本件係争各年分の算出所得金額を推計することには合理性があるというべきである。

3  被控訴人は、控訴人主張の推計課税に対し、これを争つて経費につき実額を主張するので、以下この点について考察する。

(一)  被控訴人は、雇用していた高垣始市、中山勇、蔭英子、高垣知子に給料及び手当として原判決添付別紙5(一)ないし(三)記載のとおり支払つたと主張し、これに沿う証拠として、集計一覧表(甲第七二号証の三、四、六、七、九、一〇)と従業員の出勤状況を記録したと称する日記(甲第七三号証)及び手帳(甲第七四、七五号証)を援用する。そして、右にいわゆる集計一覧表は右にいわゆる日記及び手帳に基づきこれをまとめて作成したものであるとして、証拠に提出する趣旨であることは被控訴人本人の原審における供述に照らし明らかである。

そこで、右にいわゆる日記及び手帳について検討する。

被控訴人は、原審において、これらは被控訴人の妻ヨシ子が後日給料計算の資料とするため、出勤した従業員の氏名、始業、終業時間を日々記録したものであり、後になつてまとめて記載することはあり得ない旨述べているが、他方、ヨシ子自身は、甲第九〇号証(ヨシ子本人の弁護士に対する陳述書)で、甲第七三号証の日記につき、忙しいときには、つい毎日几帳面につけることができず、まとめてつけたこともあつたと述べており、双方の供述は必らずしも符合したものではない。

のみならず、右日記及び手帳の記載内容を仔細に検討すると、次の諸点を指摘できる。

(1) まず、昭和五三年二月一日から同年四月四日まで蔭英子の出勤記録が存しない。この点につき、ヨシ子は、前記甲第九〇号証において、蔭が当時住込みで、遅刻欠勤もなく、月給制であつたため、面倒に感じ記載しなかつた旨述べているけれども、被控訴人の原審における本人尋問の結果によると、蔭は昭和五三年一月当時から八月まで月給制で右と同一の条件のもとに働らいていたことが認められ、同年一月分及び四月分以後は出勤時間が記載されているのであるから、ヨシ子の右説明は合理性に乏しい。

(2) 次に、昭和五三年九月一五日(金、敬老の日)と翌一六日(土)欄には、従業員四名の始業時間、終業時間が記載され、一六日分のみ抹消されて「休み」とされている。この点につき、ヨシ子は、右甲第九〇号証において、月末に出勤日数を数えた際、一六日欄に記載がなかつたため、忙しくてつけ忘れたと思い、そのころ欠勤者もなかつたため、適当に出勤状況を記入したが、よくみると一五日欄が敬老の日なのに出勤させてその振替休日にしたことに気付き、一六日欄を抹消した旨説明している。しかし、この説明どおりだとすると、一六日欄には抹消前四名の従業員につき分刻みの出勤時刻の記載がなされている点が甚だ問題であり、他の箇所で始業、終業時間の記載がいかに詳細に記載されていようと、詳細であるからといつてたやすく信用できないことにならざるを得ない。

(3) 甲第七三号証(日記)の昭和五三年九月二日、同月九日、同月一五日の各欄、甲第七四号証(手帳)の昭和五四年一〇月六日、同月二七日の各欄(いずれも土曜日)の終業時間は、いつたん六時ないし七時と記載したのを五時に訂正しているが、これは、当初一括して記載したため、土曜と平日の終業時間を取り違え、後日これに気付いて訂正したものと思われる。

(4) 右書証の昭和五四年及び昭和五五年の各一二月分の記載はそれぞれが一見して同一筆記具による同一の字体であつて、各々同一の機会に記載されたことがうかがえ、ヨシ子も、右甲第九〇号証で、忙しかつた一二月などまとめて記帳した旨述べるところである。

(5) 右書証の記載中、例えば、従業員名については、漢字の場合、イニシヤルによる場合、人数だけの場合、全く書かない場合が、一定期間(二週間から一か月単位)おきに繰り返されており、始業・終業時間についても、従業員別に記載される場合、終業時間だけまとめて記載される場合、始業・終業時間ともまとめて記載される場合、始業時間がなく終業時間だけが記載される場合といつた具合に、一定のまとまりをもつて同一類型の記帳が繰りかえされていることが認められる。

以上のような諸点は、右にいわゆる日記及び手帳の記載内容の正確性、信用性に疑問を抱かせるものであることは明らかである。

そのほか、右にいわゆる日記及び手帳に基づいて算出された給料及び手当が現実に従業員に支給されたことを直接証明する資料(もつとも、その方式と趣旨による公務員作成と認められるから真正に成立したと推定すべき乙第七号証によると、蔭英子は、昭和五四年及び昭和五五年いずれも給与所得の申告をしているが、その申告額は七〇万円であり、前記一覧表とは大きくへだたりがある。)が存しないことを併せ考慮すれば、日記及び手帳に基づくとされる一覧表の記載は著しく信用性に乏しいもので、到底実額認定の資料となすに足りないものであるといわざるを得ない。すると、被控訴人が従業員に給料及び手当を支払つていたとしても、その数額を詳らかにする資料はないことになるから、右経費に関する被控訴人の実額主張は採用できない。

(二)  被控訴人は、外注先の杉山昌見、吉田幸子、河野穴かがり所及び吉田サチ子に外注工賃として原判決添付別紙6(一)ないし(三)記載のとおり支払つたと主張し、これに沿う証拠として、集計一覧表(甲第七二号証の二、五、八)、仕切書(甲第七六号証の一、二、第七七号証の一ないし八、第七八号証の一ないし三)、領収書(甲第三二号証の一ないし一〇、第五二号証の一ないし九)を援用する。

そして、弁論の全趣旨により成立の認められる甲第八九号証(被控訴人本人の弁護士に対する陳述書)、被控訴人の原審における本人尋問の結果によると、被控訴人が行つていた縫製加工の工程は、瀧本から供給された生地を被控訴人自ら裁断したうえ、本体縫いを工場で従業員が行い、袖作りを吉田幸子及び杉山昌見に、裏作りを右杉山に外注し、これを工場で従業員がまとめて縫製仕上げをし、次いで、ボタン付け及びまつりを吉田サチ子に、穴かがりを河野穴かがり所に外注し、そのうえで、工場において従業員が最終的仕上げ(ほこりとり及びプレス)をし、箱詰めにして瀧本に納品するというものであつたことが認められる。

しかるところ、被控訴人は、原審及び甲第九三号証(被控訴人本人の弁護士に対する陳述書)において、外注先に支払う工賃について、吉田幸子、吉田サチ子関係は仕切書に、杉山関係は杉山の帳面に、それぞれ外注月日、品名、単価、枚数を記入しておき、これらの記載を基に、ヨシ子において別途計算したメモで支払い、その金額を前記一覧表に記載していた旨供述する。

しかしながら、右一覧表は、従業員に対する給与及び手当の支給が記入されたノートと同一のノート中に所在するわけであり、その記入の仕方、体裁等よりみて、外注先に支払を行つたその都度記帳していたとは認め難いし、また、吉田幸子、吉田サチ子関係はともかく、最も工賃額の多いとされる杉山関係については、支払額算出の基礎となつたメモは勿論、仕切書に相当するとされる同人方の帳面ももはや存在しないとして提出されておらず、その他領収書控、現金出納帳等の原始資料や帳簿によつて客観的にその記載内容が裏付けられないのであるから、実額認定のための資料としてはまことに信用性に乏しいものといわざるを得ない。したがつて、この点に関する被控訴人の実額主張も採用できない。

(3) そうすると、被控訴人主張にかかる経費全額について、被控訴人からその実額計算を可能にする原始資料ないし帳簿類の提出がないことに帰するから、いわゆる推計の方法により経費の額を推定することはけだしやむを得ないところであるといわねばならない。

4  被控訴人の特別経費及び事業専従者控除額について検討する。

特別経費のうち、本件係争各年分の支払利子割引料の金額が、別紙「〈4〉特別経費、利子割引料」欄記載のとおりであることは、当事者間に争いがなく、支払家賃の金額が、別紙「〈4〉特別経費、地代家賃」欄記載のとおりである理由は、原判決一八枚目裏一行目から同一九枚目表六行目までのとおりであるから、これを引用する。

また、事業専従者控除額が別紙「〈5〉事業専従者控除額」欄記載のとおりであることは、当事者間に争いがない。

5  そうすると、被控訴人の本件係争各年分の事業所得金額は、別紙のとおり、昭和五三年分が三九七万四一五二円、昭和五四年分が四二〇万一一五四円、昭和五五年分が四五三万四一六三円と算定すべきである。

三  本件処分と右二で認定した本件係争各年分の被控訴人の総所得金額を比較すると、本件処分及び本件決定は、被控訴人の総所得金額の範囲内のものであることが明らかであつて、適法な行政処分であるといわなければならない。

四  よつて、本件控訴は理由があるから、原判決を取り消して被控訴人の請求をいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民訴法九六条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 今中道信 裁判官 仲江利政 裁判官 佐々木茂美)

別紙

総所得金額(事業所得の金額)の計算

〈省略〉

* 特別経費は原判決の認定額による。

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